ヨシナシゴトの捌け口

独り言の欠片をひたすら拾う。繋ぎ合わせもしない。

震えるサイン、震えぬ芯

今日ばかりはゆったりとした時間が流れているというのに、僕は少し疲れていた。白く堅いパラマウントベッドに横たわったまま、静かに、静かに目を閉じる。これまでの過去と、これからの未来を想う。瞼の内側で涙が溢れる。シーツに零さぬよう、強く瞑る。 血…

二度と戻らぬあの日と、あの日の君に捧ぐ

君は遅れてやって来た。 社用車のトヨタ・アクアを実にスムーズなバックで壁ギリギリに停めると、「ごめんな、仕事が」と謝った。それから君は「懐かしいな」と呟いた。「いらっしゃい、みんなもう書き終わったで」、僕はそう言って庭先の門扉を開け、彼を我…

残された者たちへ

今年も高野川が薄紅に色付く。時折強い風に吹かれて桜吹雪が舞う。美しい、しかし人々はさもそれが当然であるかのように通り過ぎてゆく。見えているのだ、しかし見てはいない。マツダRX-8のロータリー・エンジンは不満げなアイドリングで低い回転数を維持し…

ライス or ナン?

小さくクシャミをする。この世の全てが寝静まる冬の早暁、空はほんのり青い、微かに粉雪が舞う。 缶コーヒー片手に震えるようにして吐く息は白い。溜息をついても美しいのは皮肉なものである。掌に降り落ちた雪を包むと、間も無くほどけて肌の一部になった。…

デイ・ゼロ

21歳の誕生日プレゼントは、命だった。 ギフト、と呼ぶ方が正しいかもしれない。特別な、そして特殊な贈り物だ。値札や包装はない。無論どんな店に並ぶこともない。 プライスレスな「赤いギフト」。 僕はギフトの贈り主を知らない。知ることは出来ない。顔も…

espressivo

過去というものは水底に沈んだガラス玉だ。光を浴びて表情を変え、時の流れに合わせてゆらゆらと漂う。手の決して届かぬところで、それでも確かに存在している。少しずつ色褪せていくが、探せばいつも変わることなくそこにある。水が濁れば浅い部分しか見え…

銀河鉄道の朝

初めて新幹線に乗った日を、今でも鮮明に覚えている。3歳の僕にとって新幹線は「夢の超特急」で、本当にどこまでも行けるんだと思った。東京駅で写真を撮っていると車掌さんが来て、非売品の定規をくれた。今でも机の引き出しの一番手前に入っている。あれか…

その日

僕達は皆、「その日」に向かって生きている。 どんな生き方をしたって、どんなに幸福であったって、「その日」はやがて訪れる。いつでも、誰にでも。終わりと、別れの日。 もう何をしたって、どんなに叫んだって、届かない場所へと旅立つ日。 関東ではもう梅…

スターライト

人間の内部には、多かれ少なかれ空洞がある。それは脳のあたりかもしれないし、肺や心臓のあたりかもしれない。このことを知ったのは18の時分だった。とにかくそれは誰にも彼にも存在しているのだ、と。ところが空洞には、とりわけ頑丈な蓋が施されていて、…

報われない努力

時間が伸びたり縮んだりするのはアインシュタインが特殊相対性理論に述べるところであって、最もよく知られた紛うことなき真実の一である。光陰矢の如しとはよく言ったもので、一年の長さは縮むこともあれば伸びることだってある。光速に近づくほど時間が遅…

ハタチ

街の中で親と子が仲睦まじくしているのを見て涙が溢れてきたのは、何かを思い出したからでも、もう戻れないからでもなかった。単にその現実が、19歳だった自分にとって重すぎただけだった。 pHが5〜2の毒物を飲みながら過ごす日々がどれほど苦痛でどれほど孤…

名神高速、新名神高速、名阪国道を初心者マークで飛ばし、さらに山道を延々と抜けて辿り着いたのは、三重と奈良の県境だった。立派な平屋建てと金魚の泳ぐ池、見渡す限りの緑。記憶のある限りでは、初めて訪れた。ここで生涯を過ごした曽祖母は、僕の退院直…

僕達は生きていて、彼女は死んだ。 定められた運命だったのだろうか。 僕達の心臓はまだこんなに脈打っているというのに、彼女の心臓は跡形もなく灰になった。 癌が、また一人の人間を殺した。 「愛してる」。 その一言を絞り出して、1人の女性がこの世を去…

散ればこそ いとど桜はめでたけれ 憂き世になにか 久しかるべき ー 伊勢物語 八十二, 詠み人知らず 今年も桜が咲いていた。道行く人が思わず立ち止まり上を見上げる、そんな季節だった。入院中、幾度となく歩いた鴨川も、仄かな桃色で彩られていた。凍てつく…

望み

僕達は似ていた。性格。傷跡の長さ。気の持ち方。車が好きなところ。野球ファン。ひとつ大きく違うとすれば、それは、この世に存在する病が治せるものと治せないものに大別されるという前提において、僕は前者で彼は後者である、ということだった。 僕が入院…

3.12

鋭く尖っていた風が柔らかくなった。刺すような冷たさが包み込むような暖かさに変わった。霞みがかった薄青の陽気には、生命を躍動させる力がある。両手を広げて道の真ん中で寝そべってやりたい。 癌が見つかったのは昨年の初冬だった。また冬が嫌いになって…

戦場の食

泣きながら食う白米は格別の味がした。 人生の味。 何も分かっていなかった。分かろうとしなかった。逃げていた。 漠然と広がる荒野に音も立てずに吹き付ける乾いたそよ風。悲劇でもなければ喜劇でもない、戦慄が走るわけでもなければ安らぎを得たわけでもな…

転生

「人生が変わった日」なんて、そんな壮大なもの数えるほどもないけれど、そのうちの1日は間違いなくあの日だと思っている。世の中に"絶対"なんてない、とはよく言われるが、あの日のことだけは生涯、絶対に忘れはしない。絶対に。 去る2016年11月24日。紹介…

なんで俺なんだろう。 この数週間で気が狂うほど繰り返した。 どうしてあなたが。 この数週間で誰しもがそう言った。 この世には唯一解の用意された疑問と、複数の理由ないし選択肢が用意された疑問と、答えることのできない疑問の、3種類がある。 「人はな…

無題

癌を宣告された。 癌なのか。 がん、か。 俺は癌患者になってしまったのか。 トービョーセイカツとやらが始まるのか。 状況をすぐに飲み込めるほど精神が発達しているわけがない。たとえ仙人といえども、ひとたび癌と聞けばその温厚な目をかっと見開くであろ…

祖母と、受験と。

病床に臥すと、やけに空が綺麗に見える。何もすることなく、ただベッドからぼーっと晴空を見上げる。今日は少し寒そうだ。あまりじっとしているのも暇なので、病院内のコンビニにでも行こうと思い立った。部屋を出て、真っ直ぐエレベーターへと向かう。廊下…

公平≠公正 〜陸上競技にみるスポーツ倫理〜

日本が男子4×100mリレーで史上初となる銀メダルを獲得し、ウサイン・ボルトがオリンピックとしては自身最後となるフィニッシュラインをトップで駆け抜け歓喜に沸いたその翌8月20日、現地時間21時15分、エスタジオ・オリンピコはまたも熱気に包まれていた。陸…

媒体という悪霊 ②

( 媒体という悪霊① はこちら) 辞書の大御所とも言えるOxford英語辞典は、毎年11月にその年を象徴する単語を発表している。どうやらこれは、英国版の流行語大賞に相当するらしい(但し日本とは異なり大賞となるのは一語のみだが)。昨年は "emoji"だったよ…

媒体という悪霊 ①

山月記の著者である中島敦の作品のひとつに、「文字禍」というものがある。僕はこの作品に2度出会った。1度目は中2の頃。塾の先生から中島敦を勧められて読んだ。あのときは、まだ作品の風刺がよく分かっていなかった。2度目は高3の頃。京大の過去問に出てき…

夏の日

またあの夢を見た。田圃の畦道を落ちそうになりながら駆け回って遊ぶ、そんな夢だ。胸のすくような爽やかな青空の広がる盛夏だった。冴え冴えとした鮮緑の稲が陽射しを反射して眩しいほど輝いている。僕は誰かの背中を追いかけて走っていた。それなのに、気…

喜びの矛先

「高校生」とか「制服」とかいうワードに心が少しばかり反応してしまうのは、まだあの夏から抜け出せていない部分があるのかもしれない。軽トラで木材を運んでもらい、汗水垂らしてネジを締めまくり、ストーリーで揉め、予算に苦しみ、久々に喧嘩し、そして…

檻の中の安寧

最近、ちょくちょく中学時代の友達に会う。懐かしい話が出ると、秋めく風も相まって何だか少し感傷的な心地になる。馬鹿やってた「あの頃」が少し遠くなった気がする。 僕は地元の公立中学校に通ったけれど、あそこは高校や大学と比べるとちょっと野蛮な環境…

徒然なるままに

自分の周りの複数人がやってる面白そうな事って気になってやってみたくなるじゃないですか。それです。ブログをはじめてみようと思ったきっかけは。それから、自分の内向的思考にとっての捌け口を作りたいという思いもありました。淀みに淀んだ、たわいもな…