ヨシナシゴトの捌け口

独り言の欠片をひたすら拾う。繋ぎ合わせもしない。

スターライト

 人間の内部には、多かれ少なかれ空洞がある。それは脳のあたりかもしれないし、肺や心臓のあたりかもしれない。このことを知ったのは18の時分だった。とにかくそれは誰にも彼にも存在しているのだ、と。ところが空洞には、とりわけ頑丈な蓋が施されていて、僕達は大抵それを閉じたまま生きていくことができるようになっている。鍵をかけることだって出来るし、無邪気な子供なら蓋にだって気付かないこともある。あるいは快楽によって存在を忘れることもできる。しかしながらある種の人間の場合、その蓋は往々にして無意識のうちに解錠され、あらゆるエネルギーがその空洞に落とし込まれるのだ。食欲、睡眠欲、性欲、承認欲、自己実現欲、そういった低次から高次までのあらゆる欲は、意思の方向によらず、穴の中に落とし込まれて消える。いや、消えない。消えたかのように錯覚するが、いつかどこかで形を大きくして再び自身に襲いかかってくるのだ。その空洞を虚無と呼ぶ者もいるし、鬱と呼ぶ者もいる。ここでは「スペース」とでも呼ぼう。空白、宇宙、そういった様々な意味を込めて。

 

 空洞の中身は手に取ることが出来ないが、無ではない。宇宙(space)が、目に見えない暗黒物質(dark matter)に混沌と満たされているように、心の空洞(space)には、過ぎ去ったはずの陰鬱な問題(dark matter)が整理されることなく山積みになって漂っている。

 空洞の中に存在する記憶というものは、宇宙に浮かぶ恒星に似ている。それらは、ある時点では太陽のように燦然と輝きを放っている。一方で、ある重さ以上の恒星というのは否が応にも核分裂反応によって膨張を続け、最後には自重に耐えきれず超新星爆発を起こすのである。同様にして、記憶というのもまた自己分裂を繰り返すことで膨張を続け、輝きを放っていたはずの記憶は、何かを照らし続けるエネルギーを持っていたはずの過去は、最後にはその膨れ上がった自らの重みを以て、自らを破綻させるのである。ある重さ以下でなければ、恒星も過去も膨張を続け、そして爆発するのだ。意思の方向によらず。

 

 太陽質量の30倍を超える恒星は、超新星爆発後にブラックホールを形成すると言われている。ブラックホールの中心には強力な重力場が存在し、あらゆるものを引き摺り込む。脱出には光速を要するため、外部にいる観測者は、ブラックホールに自由落下する物体がぐちゃぐちゃに歪んで見える。本当は何も歪んでいないにもかかわらず。

 

 ニーチェによれば、事実なんてものは存在しない。存在するのは解釈のみだ、と言う。そう、記憶というのは曖昧で、僕達は過去に対して解釈を加えたものを「記憶」と呼んでいる。現在に生きる僕達は過去にとってただの観測者であり、ブラックホールに吸い込まれていく過去は、解釈と言う名の観測によって常に歪んでしまうのだ。だから事実というものは、心の空洞にブラックホールがある限り、観測できないのである。今この瞬間以外は全て過去なのだから。

 

  自分にとっての過去のほとんどは、輝きを放っていたはずだった。だから僕は夜になると自ずと空洞の蓋を開けた。あるいは無意識的に。そこには満天の星空が広がっていて、それはそれとして大事にとっておいた。「暗闇に包まれた場所でしか星は綺麗に見えないのだ」と言い聞かせた。星と星とをはぐれないように繋ぎ合わせ、それらを星座にして名前を付けた。今見えている光は過去に発された光なのだ、と思った。現在と過去は何光年もの距離を隔てていて、掴むことは決して出来ないけれど、過去からの光は時間をかけて届くのだ、と。

 

 

 しかし、それがいつしか僕を苦しめるようになった。

 

 

 星たちはそれぞれで暴走を始めるようになった。赤色巨星と化し、超新星爆発を起こし、いくつかはブラックホールになった。その周囲で時空は歪みを生じ、あらゆる物事の整序がおかしくなった。蓋を開けてはならない、と思った。しかし蓋さえブラックホールに飲まれようとしていた。このままでは自分自身が過去に殺される、やがてブラックホールに落ちる、そう思った。ブラックホールに落ちた物体は、落ち続けることしかできないのだ。あの頃僕は夢うつつとしながら、ただひたすら死ぬことばかり考えていた。自分は死ぬことでしかブラックホールを逃れられないのだと言い聞かせた。あるいは言い聞かせられた。

 

 エネルギーの源だったはずの記憶の塊が、星座が、ある出来事を境に爆発してエネルギーを奪うようになる。輝きを放っていたはずの過去は、天の川は、光さえ吸収するほど黒ずんでしまう。生きる源を見失った僕達はエナジードリンクと称して酒を飲み、束の間の快楽に酔いしれてその空洞を埋め、明かりを点けることで星空を消す。喧騒によって孤独を搔き消し、乾いた笑いで湿りを取り、泣いて慰め合うことで解決した気分に浸る。だから酔いが醒めるまでは空洞を忘れている。しかし放物線に頂点がひとつしか存在しないように、酔いというのはある点まで上昇すると下降を始める。そうしてまた同じ高さに戻ってくる。いや、放物線ではなくサインカーブかもしれない。僕たちはゆらゆら、ゆらゆらと同じことを繰り返す。同じ所を行ったり来たりする。とにかくある点で酔いから醒め、人々は我に返って気が付く。状況は何も変わっていないのだ、と。状況は何も変えられないのだ、と。そんなとき星からは声が降る。「もしもし、現実ですか?」。

 

 

「人生って妙なものよね。あるときにはとんでもなく輝かしく絶対に思えたものが、それを得るためには一切を捨ててもいいとまで思えたものが、しばらく時間が経つと、あるいは少し角度を変えて眺めると、驚くほど色褪せて見えることがある。私の目はいったい何を見ていたんだろうと、わけがわからなくなってしまう」

 

 光さえ脱出できないブラックホールは、物理法則下において、それ自体を肉眼で観測することは不可能である。ゆえに僕は、ブラックホールに殺されると感じながら、そのブラックホールが一体何であるのか知覚できなかった。そして、それが以前星だったときに、どのような色や形をしていたのかも知ることができなかった。ただ得体の知れない「ブラックホール」と呼ばれる概念が、僕のあらゆるエネルギーを奪っていった。過去は歪み、現実は萎えた。酒を飲んでは吐き、文章を書いては消し、死ぬことについて考えてはやめた。暗黒の泥のように眠り、あるいは眩しい北極星のように起き続けた。そしてブラックホールの外側には、いつも陰鬱な問題としてのダークマターが存在していた。逃げ場なんてなかった。そんなとき自分は何者でもなかった。才能ナシ趣味ナシ欲求ナシ慈愛ナシ熱意ナシ、醜い外見と愚かな内面、中途半端なプライド、ブラックホールダークマター、そんな人間が「面倒臭い奴」でないのなら、一体何者であろう? 勿論ほんの僅かな人には相談したけれど、それはあまり良い結果をもたらさなかった。「何が辛いの?」と聞かれて「分からない」と答えるしかなかったのだ。「ブラックホール」と言ったところで、僕はどういう答えを期待しようというのだろう。第一、僕が何をどう考えたところで、世界は今日も平和に呑気に回り続ける。

 

 

 夢を見ていたのだ。

 そう考えることにした。自分には過去なんて存在していない、それらは全て夢だったのだ、と。あれは星ではない、飛行機や建物の光だったのだ、と。そうすることでブラックホールは勢力を弱め、僕は幾らか救われた。もしかするとそう錯覚しているだけかもしれないが、とにかく死を考えることからは脱した。そしてようやく文章を書けるほどにまで回復した。このページの更新が止まっていたのはそういう理由だった。結局自分のことは自分でしか救えないのだ。

 

 何もかもさめてしまったのだ、と思う。つまり僕は夢から覚め、酔いから醒めたのだ。かつて輝いた星の色は褪め、一喜一憂していた心は冷め、そしてようやく空洞に蓋をすることが出来た。覚めて醒めて褪めて冷めて、とにかく自分はもう生きることにも死ぬことにも “さめてしまったのだ”、と言い聞かせた。もう星を探してはいけないのだ、と。今現在の言動が、いつか未来の自分を攻撃してしまうのだ、と。

 

 一日一食の生活は二食に戻り、空は青さを取り戻した。ようやく車にも乗れるようになった。あれだけ生きたい瞬間があり、あれだけ死にたい瞬間があり、それらの感情はどこからやってきてどこへ行ってしまったのか考えていた。次に蓋が開くのはいつだろうと思った。「それでもやはり星たちは無数に存在していて成長を続け、ブラックホールダークマターはどのような手段によっても知覚できず、宇宙は想像の限界を遥かに超えて果てしなく広がり続けるのだ」と感じた。生きることが下手くそなのだ。そんな夜に、FM802のカーラジオではボーカルが必死に叫んでいた。

 

太陽が昇るその前に

夜が明ける前に

教えて

ここで このままで 間違ってないと

 

 僕は左手をハンドルから離してボリュームを上げた。10-FEETの曲だった。太陽4号というその曲名について、ボーカルはこう話した。

 

「太陽って電池みたいなものなんです。生きていくエネルギー源だけどいつかは切れる。純粋に突っ走った十代があって、二十代になってそれを斜めに捉えてみたり、そりゃ太陽1個でずっと行けたらいいけど、まぁ4号目くらいでようやく何とかなってるんじゃないかなって」

 

 4号目の恒星を探す勇気が、今の僕にはなかった。ただ歌詞だけは忘れられず、番組が終わってからもしばらく大音量で空洞に木霊していた。何か自分の内に、ほんの少しばかり熱を感じていた。その感覚は、どこか懐かしさを含んでいた。「確かにさめてしまったが、全てがさめてしまった訳ではないのだ」、そう思った。歪んでいたはずの過去は、まだ上手く解釈できないけれど、少しずつ元の形に戻ろうとしている。無理に言葉にする必要はない、目を閉じて待てばいい。信号は赤から青に変わり、同時に僕はアクセルペダルを強く踏み込んだ。車は満天の星空のもとに爽やかな快音を響かせ、滑るように加速しながら、流星のごとく、真っ直ぐに春を駆け抜けていった。

 

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   https://youtu.be/cqXH-3Vs0lA

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