ヨシナシゴトの捌け口

独り言の欠片をひたすら拾う。繋ぎ合わせもしない。

Entries from 2017-01-01 to 1 year

報われない努力

時間が伸びたり縮んだりするのはアインシュタインが特殊相対性理論に述べるところであって、最もよく知られた紛うことなき真実の一である。光陰矢の如しとはよく言ったもので、一年の長さは縮むこともあれば伸びることだってある。光速に近づくほど時間が遅…

ハタチ

街の中で親と子が仲睦まじくしているのを見て涙が溢れてきたのは、何かを思い出したからでも、もう戻れないからでもなかった。単にその現実が、19歳だった自分にとって重すぎただけだった。 pHが5〜2の毒物を飲みながら過ごす日々がどれほど苦痛でどれほど孤…

名神高速、新名神高速、名阪国道を初心者マークで飛ばし、さらに山道を延々と抜けて辿り着いたのは、三重と奈良の県境だった。立派な平屋建てと金魚の泳ぐ池、見渡す限りの緑。記憶のある限りでは、初めて訪れた。ここで生涯を過ごした曽祖母は、僕の退院直…

僕達は生きていて、彼女は死んだ。 定められた運命だったのだろうか。 僕達の心臓はまだこんなに脈打っているというのに、彼女の心臓は跡形もなく灰になった。 癌が、また一人の人間を殺した。 「愛してる」。 その一言を絞り出して、1人の女性がこの世を去…

散ればこそ いとど桜はめでたけれ 憂き世になにか 久しかるべき ー 伊勢物語 八十二, 詠み人知らず 今年も桜が咲いていた。道行く人が思わず立ち止まり上を見上げる、そんな季節だった。入院中、幾度となく歩いた鴨川も、仄かな桃色で彩られていた。凍てつく…

望み

僕達は似ていた。性格。傷跡の長さ。気の持ち方。車が好きなところ。野球ファン。ひとつ大きく違うとすれば、それは、この世に存在する病が治せるものと治せないものに大別されるという前提において、僕は前者で彼は後者である、ということだった。 僕が入院…

3.12

鋭く尖っていた風が柔らかくなった。刺すような冷たさが包み込むような暖かさに変わった。霞みがかった薄青の陽気には、生命を躍動させる力がある。両手を広げて道の真ん中で寝そべってやりたい。 癌が見つかったのは昨年の初冬だった。また冬が嫌いになって…

戦場の食

泣きながら食う白米は格別の味がした。 人生の味。 何も分かっていなかった。分かろうとしなかった。逃げていた。 漠然と広がる荒野に音も立てずに吹き付ける乾いたそよ風。悲劇でもなければ喜劇でもない、戦慄が走るわけでもなければ安らぎを得たわけでもな…